代表者紹介

名前 :ありいずみ

年齢:40代半ば

学歴:理系私立大学卒業 。専門学校美容科卒業。カツラ・増毛等の職業訓練学校卒業。

職歴:「ア」ではじまるカツラメーカー勤務(技術者・事務系)9年。美容関連医療機関勤務(技術者・カウンセラー・事務系)5年

趣味 :天文・スポーツ観戦・麻雀・ビリヤード・アイドル

得意分野:毛髪系全般アドバイス・確率統計・国旗・早食い


毛髪系経歴

一族ほぼ薄毛であるので将来的な覚悟はできていた。
幼少より坊主で生きてきたが高校3年生秋に髪の毛を伸ばそうと試みるもM字男性型脱毛症だと認識する。丸坊主にする。

大学進学後、AGA(男性型脱毛症)に逆らってみようと思い大手かつらメーカーに相談に。育毛コースを契約するも、オタク気質からあれこれ調べ始める。

大学卒業後、その大手かつらメーカーに就職。そして美容師に。大手カツラメーカーの実情を知るも、既に自覚があったので気にしない。自分の残契約分は解約すると角が立つのでどうでもいいシャンプーに変更契約後納品扱いにして友人に配る。

かつら・増毛技術・カットの修行。熱心な新人だと上司にほめられたが、仕事のためというよりも自分の頭をどうにかするための努力という意識のほうが上であった。ひとごとではなかったです。薄毛に悩む男性の調査・薄毛カット研究・いろいろ調べるので朝までネット三昧。

医薬品に興味を持ち服用を始める(25歳)。毛髪オタク化。自社育毛は拒否して独自に輸入代行でAGA治療を始め、加えてカツラの研究に全力を注ぐ。趣味と特技と実益が一致していると認識しはじめた。

色々なことに限界を感じ、幅を広げるために医療機関に転職(31歳)。自毛移植・医療増毛にも手をひろげる。大学受験時よりも勉強時間が長かった事に気づき18歳の時の自分にこの探究心があれば、と後悔する。技術職兼カウンセラーとして勤務。

エステ・育毛発毛メーカー・大小カツラメーカー・毛髪クリニック関連・美容外科関連に定期的に相談・体験・研究に行きだしはじめた。もちろん他社他院研究という名目で経費を使用したりもしたが、よいものがあったら自分で使ってしまおうという魂胆のほうが強かった。完全に毛髪業界マニア。

AGA治療等の甲斐もあったが、35歳にして10年以上使用してきたかつらを自らはずしてみて、かっこいいポジティブハゲ用のカットの研究を始める。ハゲカッコイイを探究。

自毛移植とカツラ・増毛とAGA治療などの複合技に凝り始める。AGA治療・自毛移植患者様のチェック担当だったのでオペや毛の生え具合の経過写真のべ?万枚以上を観察し比較検討説明する日々。意外と楽しかった。

遺伝子検査によるAGAリスクや薬の効き目などの患者様への結果報告係、投薬の経過報告や術後の経過観察を担当しており、忙しくも充実した楽しい日々を送る。個人的にも実験台になり注射したり飲んだり塗ったり切ったり刺したりいろいろな検査したりとあれこれ試す。

医療機関に転勤してからはカツラ部門ではある程度任せられていたので、自由に卸業者や海外工場やメーカーとやり取りできるようになり、カツラ事情の幅が広がる。自分は日本人だから英語なんか勉強しないと言っていた学生時代の自分に後悔することになる。

ある日突然すべてが面倒くさくなり仕事(サラリーマン人生)を辞める。

2011年1月30日付という中途半端な日に退職して、就職活動をしながらお小遣い稼ぎ程度に(←失礼な奴)今までの知識や技術を使っていこうと思っていたら、思いのほか需要があることに気付かされ、そのままこの道で行こうと決めて現在に至る。



カツラネタ(ノンフィクション:書ける範囲で)

某社のヘア・フォー・○イフの開発実験中に朝の満員電車でヅラ落下。みごとキャッチして途中下車。駅のトイレでしばし泣いた後、出社して遅刻して怒られる。

大みそか勤務後に泥酔してカツラをはずして電車に。車内で先輩社員に装着してもらい乗客を驚愕させる。酔いがさめてきて我に返ってその電車に乗っていられなくなり下車。

激しい頭痛を伴い、大学病院でMRIを。「カツラはずせ」と書いた紙をもらうが「何がいけないのか?」と。つけた時とはずした時2回撮る。ふと周囲を見ると多数見学に来ていて驚く。 注)MRIはピンのカツラはNGです。

結婚式のお色直しの時に「新婦だけ目立って理不尽だ」と、カツラを交換してソフトモヒカンにお色直し。地味に披露宴でひそひそ話で話題になる。後でアルバムを見ると途中から明らかに毛が伸びている。

娘が保育園で「ちちのあたまのけはとれる」と。ママ達や先生達にばれる。

最近娘が露骨にカツラの話を嫌がるようになってきた。思春期か?

無駄に派手に毛を染めるのをやめたら白髪の老けたおなかの出てるオジサン化を自覚。しかし対策せず開き直っている状態。